交通事故の治療費を自己負担しなければならない場合がある?
- 交通事故による怪我の治療にかかる治療費は誰が負担するの?
- 被害者が立替する必要があるの?
- 治療費・医療費は加害者側に請求できるの?その請求方法とは?
- 保険会社から治療費を払ってもらえる場合、打ち切りがあるって本当?
- 交通事故による怪我の治療では、健康保険や医療費控除を利用できるの?
上記の疑問をもっている交通事故被害者の方々に向けて、今回は、病院の治療費、治療に関する疑問、支払い方法、健康保険の使い方、加害者への請求方法などを詳しく解説します。
このコラムの目次
1.被害者と病院の関係 -医療契約-
事故が発生し、被害者が入院するような事態に至った場合、本来、加害者が被害者のお見舞いに行き、その際に、当座の治療費や入院保証金程度の支払いをして誠意を見せることが望ましいわけですが、実情としては、加害者側に資力やこのような誠意が欠ける事例も多くなっています。
そうなると、治療費負担はどうなるのかが現実的に問題となるわけですが、医療機関との関係では、あくまでも患者であるところの交通事故の被害者が、治療費の支払義務を負うことになるのが原則となってしまいます。
これは、治療にあたって、医療契約(医師あるいは医療機関が診療をし、これに対して患者が報酬の支払いをすることを内容とする委任契約に準ずる契約(民法第656条))が結ばれていると考えられるからです。
ですから、最終的には、加害者(その保険会社)が負担すべき費用であるとはいえ、病院がこれを被害者に請求した場合、法律的には、被害者は拒否できないことになってしまいます。
2.任意保険会社の治療費の支払いについて
(1) 任意保険の一括払い(一括対応)
加害者が任意保険に入っている場合には、治療費は、被害者に代わってその保険会社から病院に支払われるのが通例です。
これは、一括払い(一括対応)という手続きの一環として行われるものです。
この一括払いの請求は、被害者・加害者のどちらからもこれを行うことができます。
任意保険の一括払い制度とは、加害者の加入している任意保険会社が窓口となり、任意保険の対人賠償保険に加えて自賠責保険の分も一括してまとめて被害者に支払いを行い、自賠責保険の本来負担分については、自賠責保険会社に後ほどその返還を求める、という仕組みのことをいいます。
(ちなみに、自賠責保険は、法律によって車両の所有者に加入が義務付けられているものであって、事故が起こった場合に、対人賠償に限って、被害者の最低限の保障を確保するものであり、この不足分を補うために任意保険が存在する、という関係にあります。)
被害者にとっては、自賠責保険と任意保険それぞれに対して請求の手続きをする手間が省けるというメリットがあり、また、任意保険会社にとっても、示談の交渉に際して、自賠責保険からどの程度支払いを受けることができるかを把握しながらこれを進めることができるといったメリットが存在します。
ただし、後遺障害等級認定請求に係る手続きに関してまで、任意保険会社に一括対応してもらうと、いわゆる事前認定というかたちで、被害者に有利な資料を提出できないなどのデメリットがあります。このため、あくまで症状固定までの間、任意保険会社に一括対応してもらうのが賢明な方法だといえます。
ただ、任意保険会社にとっても上記のようなメリットがあるとはいえ、一括対応の取扱いは、任意保険会社に対して法的に義務付けられているものではなく、あくまでそのサービスとして行われているものに位置づけられます。
このため、賠償金額が自賠責保険の支払いでまかなえる、つまり、任意保険を使う必要がないような場合や、任意保険の支払い対象事故でない場合には、任意保険会社は一括対応を行わないため、この点は注意が必要です。
なお、任意保険会社に一括払いの請求を行う際の手続きとしては、同意書を提出することが求められます。医療機関に対して被害者の治療内容・経過などについて照会して回答をもらうことなどを主な内容とするものです。
任意保険会社はこの同意書に基づいて、医療機関から診断書や診療報酬明細書を受け取り、その内容に従い治療費の支払いを行います。
(2) 治療費の支払い打ち切り
そして、一括払いがあくまで任意保険会社のサービスとして行われるものであることから、いわゆる治療費の支払い打ち切りの問題が生じます。
これは、治療が長期化した際に、任意保険会社が医療機関に照会するなどして治療を不要と判断した場合に、被害者に通院の意思がまだ存在する場合にも、治療費の支払いを終了するものです。
しかし、これは主には、治療が長引くことによって、自賠責保険の限度額を越え、任意保険会社の自社負担が発生することを避ける意図に基づくことが多く、任意保険会社が一方的に治療費の支払いを打ち切ってきた場合にも、被害者としては、あくまで医師の判断に基づいて、症状固定(現在の治療を続けても、それ以上症状の改善が得られることはなく、治療を中断しても、悪化する可能性がない状態に至った時点のこと)に至るまでは、自己負担で通院して治療を受けるべきです。
なお、この段階で症状固定に至っていた場合には、主治医に、自動車損害賠償責任保険後遺障害診断書の各部位の後遺障害の内容等の欄に所定事項を記載してもらい、保険会社を通じて、保険料率算出機構という機関が設置している各地区の調査事務所に、後遺障害の認定の申立てをすることになります。
そして、調査事務所において、後遺障害に該当するかの判断が行われ、これに該当する場合には後遺障害の等級認定が行われます。
この結果として、等級認定された場合、このような後遺障害に基づく損害賠償額の内容は、具体的には、①後遺障害に伴う将来の治療費や介護料(積極損害)、②後遺障害による逸失利益(消極損害)、③後遺障害に対する慰謝料、を併せたものとなります。
3.治療費の自己負担への対策
任意保険会社が治療費の支払いを打ち切ってきた場合には、まずは担当医師に相談して、もし治療の継続の必要性が医学的見地から認められるのならば、その事実をもって相手方任意保険会社と支払い再開の交渉をすべきです。
保険会社との交渉に慣れた弁護士にこれを依頼すれば、治療の必要性を前提として治療の期間をあらかじめ区切るなど、事案に応じた適切な対応で、無事支払い再開に至ることもあるでしょう。
しかし、実際のところ、他覚的所見がなく、自覚症状のみのような場合など特に、このような交渉が難しいものとなり、結果として支払いが再開されないことはあり得ます。
そのような事態に至った場合には、被害者は治療費をいったん自己負担して治療を継続するしかありません。
なお、この際には、後日相手方や相手の保険会社に請求できるように、領収証を保管しておくことを忘れないようにしましょう。
この際、治療費につきいったん自己負担を強いられる以上は、なるべく負担を減らすための対策を取るのが賢明でしょう。
(1) 交通事故にも使える健康保険
具体的には、治療費について、サラリーマン・公務員・その家族の場合は健康保険を、その他の職業の場合は国民健康保険を使うべきです。
被害者に過失割合が存在する場合には、その過失割合に対応する額は、最終的に被害者が負担することになるわけで、健康保険等を利用せずに自賠責(強制)保険を使い、診療単価が高い自由診療を受けるのは当然に不利といえます。
さらに、被害者無過失の場合であっても、治療が長引いた場合に、任意保険会社が治療費支払い打ち切りを申し入れてくる際の判断には、それまでの治療費額の累積額が大きく関係するため、そもそも任意保険会社が一括払いしてくれている段階においても、この観点から健康保険を利用すべきだといえます。
しかし、大きな病院ではそうでなくとも、小さな病院においてはこのような交通事故の際に健康保険等を使うことを拒否するという実例もあります。
これは、健康保険を使っての治療になると、病院にとっては、健康保険の負担分を健康保険組合に請求するための煩雑な手続きが増える点、また、医療点数の単価が決まっているので、被害者への請求額が少なくなってしまう点などがあるからです。
しかし、犯罪被害や自動車事故等による傷病の保険給付の取扱いについての平成23年8月9日付け厚生労働省の通達が、以下の通り、はっきりと交通事故でも公的医療保険を使えることを確認しています。
ですから、医療機関等に自由診療を押し付けられそうになった場合、それはあくまで病院側の経済的都合を優先しようとしているだけなのですから、健康保険組合や弁護士に相談するなどして対応していくべきです。
なお、交通事故で健康保険を使用する場合、その手続き面については、①第三者の行為による傷病届、②事故発生状況報告書、③念書、の3つの書類に、④交通事故証明書と⑤示談書(示談が成立している場合)を添えて、全国健康保険協会の都道府県支部または健康保険組合に提出することになります。
これにより、通常の怪我の場合と同じように、医療機関で治療を受けることができます。
(2) 労災保険
さらに、交通事故にあったのが業務中あるいは通勤途上の場合であれば、健康保険ではなく、労災保険(公務員の場合には公務災害保険)を申請して、治療費を支払ってもらうことになります。
これは、単なる公的医療保険(健康保険・国民健康保険・共済組合等)における被保険者の負担割合が1割~3割であるのに対して、労災保険においては患者は負担割合なしで医療を受けられる、という事実上の有利さからの帰結を意味しているわけではなく、健康保険法第55条第1項において、「被保険者に係る療養の給付(中略)は、(中略)労働者災害補償保険法(中略)の規定によりこれらに相当する給付を受けることができる場合には、行わない」と定められており、この規定に基づき、労災保険からの給付がなされる労働者の業務災害については、労災保険からの給付が法的に優先されるためです。
手続きに関しては、交通事故の場合、各労災給付請求手続きのほかに、第三者行為災害届を提出する必要があります。
これは、労災保険者(国)が支払った分の給付金を、後ほど加害者もしくは加害者の加入する保険会社に請求するためのものです。
また、給付の内容に関して、治療費以外の点についても、仕事を休むことによって収入が減った分については、平均賃金の80%が支払われます。
治療が長引いた場合は、その程度に応じて休業補償に変えて傷病補償年金が支払われます。
また、後遺障害についてもその程度に従って、年金又は一時金が支給されます。
(3) 治療が長引いてしまった場合
①人身傷害補償保険
交通事故による負傷の治療が長引いてしまった場合、健康保険を利用していても治療費立替の支払いに困るという事態に陥ることがあり得ます。
このような場合に、治療費支払いに困るからといって、あわてて示談をするようなことは避けなければなりません。
もし、自身が加入している任意保険に、人身傷害補償保険が付帯していれば、自分の保険から治療費等が一旦は支払われることになります。事故に遭ったときには、まず自身の自動車保険の契約内容を確認してみましょう。
人身傷害補償保険とは、交通事故により、被保険者が死傷した場合に、過失割合によって減額されることなく、契約中の保険金額の範囲内ですべて補償される制度です。
被保険自動車による事故や、被保険者以外の自動車を運行していたときの事故だけでなく、車外での自動車事故(歩行中に車やバイクにはねられたような場合)についても補償してくれるものです。
また、その他、搭乗者傷害保険や自損事故保険、無保険車傷害保険などが付帯していて、これによる保険金を受け取れる可能性がある場合、その受け取った保険金を治療費として利用することも考えられます。
②加害者の自賠責保険会社に病院の費用を直接請求
上記のような保険が付帯していなかった、付帯していても利用できなかった場合には、次に、被害者自身が、加害者の加入している自賠責保険(強制保険)会社に、病院の費用を直接請求する方法をとることが考えられます。
自賠責保険については、加害者が関わることなく、直接、加害者の加入している保険会社に保険金(例えば、傷害事故の場合は120万円まで)を請求できる、被害者請求という制度があります。
この請求は、示談が成立していることが原則ですが、損害額が強制保険で定められている保険金額を超えることが予想される場合にも可能となります。
ただ、被害者請求の場合には、様々な書類(自動車損害賠償責任保険支払請求書、印鑑証明書、交通事故証明書、事故発生状況報告書、診療報酬明細書、診断書または死体検案書、休業損害証明書(自営業者の場合は、前年の確定申告書の控えまたは所得証明))を揃えなければならず、また、請求をしてから保険金を受け取るまでに、1〜3ヶ月ぐらいの期間がかかるという不便さが存在します。
③仮渡金制度
そこで、お勧めできる方策として、被害者のために設けられている仮渡金の制度があります。
これは、示談成立前の損害賠償額が確定していない段階においても、被害者が請求できるもので、差し迫った病院費用の支払いに困った被害者のために、保険金の一部を前払いしてもらえる制度です。
必要な書類も、仮渡金支払請求書のほか、交通事故証明書、事故発生状況報告書、印鑑証明書、医師の診断書、代理人を頼む場合は委任状と代理人の印鑑証明書、と簡易になっています。
仮渡金は、具体的には、以下の基準で認められます(請求後、1週間程度で受け取ることができます)。
1.死亡した場合 290万円
2.次の傷害を受けた場合 40万円
(1)脊柱の骨折で脊髄を損傷したと認められる症状を有するもの
(2)上腕又は前腕骨折で合併症を有するもの
(3)大腿又は下腿の骨折
(4)内臓破裂で腹膜炎を併発したもの
(5)14日以上入院が必要で、30日以上の医師の治療が必要なもの
3.上記2(1)~(5)以外で、次の傷害を受けた場合 20万円
(1)脊柱の骨折
(2)上腕又は前腕の骨折
(3)内臓の破裂
(4)入院を要する傷害で、30日以上の医師の治療が必要なもの
(5)14日以上入院が必要な場合
4.次の傷害を受けた場合 5万円
30日以上の医師の治療が必要なもの(上記2(1)~(5)及び上記3(1)~(5)の傷害を除く)
ただ、実際のところ、強制保険の仮渡金は上記の通り低額です。
そこで、裁判所の仮処分を利用するという方法もあります。これは、被害者側から裁判所に対して、損害賠償金の仮払いを求める仮処分命令(仮の地位を定める仮処分)を申し立てる方法です。
仮処分が認められるための条件としては、
- 被害者が加害者に対して損害賠償の請求訴訟を起こして勝訴する見込みがあること
- 現在治療費や生活費に困っていることが一応確からしいと裁判所に認められること
です。
仮処分命令が下りると、これによって、毎月の治療費と最低生活補償日までは確保できますが、逸失利益や慰謝料までの請求は難しいと考えられます。
なお、この方法は手続きが高度に専門的なので、弁護士に相談する必要が高いといえます。
さらなる方策としては、任意保険会社と交渉し、任意で内払いの対応をしてもらうことが考えられます。
治療費と休業損害については、被害者が金銭的に窮乏していると保険会社が判断した場合に、示談の成立を持たずに保険金が先に支払われる場合があります。これは、保険業務の実務上、被害者の救済を目的として実損額を予測しながら先に支払われるものです。
任意保険の請求手続きには、保険金請求書、交通事故証明書等の書類が必要で、その内容は強制保険とほぼ同様です。
(4) 政府保障事業
事故の相手方が、自賠責保険未加入者で賠償能力がない、もしくは、ひき逃げで加害者が特定できない場合や、盗難車だったため保険金が支払われないなど、相手方から損害賠償金を全く受け取ることができないケースがあります。
このような場合に、政府が加害者に代わり最小限の補償を被害者に対して行う制度が政府補償事業です。
補償の内容は、自賠責保険とほぼ同様ですが、加害者の賠償責務を国が肩代わりする制度ですから、給付に関しては厳しく査定されます。また、自賠責保険の仮渡金に相当する制度はありません。
給付金の支払い請求は、どの保険会社になされても構いません。請求書が提出されると、保険会社から国に通知が行き、支払いのための手続きがなされます。
(5) 医療費控除
交通事故による治療費(医療費)は高額になることが珍しくないため、医療費控除を受けたいと考える人もいらっしゃるでしょう。
医療費控除とは、1年間に支払った医療費が10万円を超えた場合に、最高200万円まで所得控除を受けられる制度のことをいいます。
しかし、交通事故の損害賠償金として治療費を受け取った場合には、医療費控除を受けられないので注意しましょう。
なぜなら、これが治療費の填補となるので、医療費控除を計算する上では、支払った治療費の金額から差し引く必要があるためです。
交通事故の被害に遭った際に受け取れる損害賠償金や慰謝料は、基本的に非課税として扱われるお金です。
ただ、逆に言うと、非課税だからこそ医療費控除を受けられないので上記の点に注意しなければなりません。
4.治療費打ち切り、自己負担が不安なら弁護士へご相談を
このように、任意保険会社の治療費の打ち切りを避けられなくなってしまった場合でも、被害者の方が取れる方策は多々あります。しかし、中には手続きが複雑で尻込みしてしまうものもあるでしょう。
交通事故にあってしまい、保険会社から治療の打ち切り連絡が入った、治療費の負担が心配、示談交渉に不安がある方は、泉総合法律事務所の交通事故に詳しい弁護士に是非ご相談ください。
交通事故の解決実績豊富な弁護士が、被害者の方が正当な慰謝料が受け取れるよう、全力でサポート致します。
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